震災直後でさえ人間のエゴをまざまざと見せつけられる本-「象の皮膚」佐藤厚志

小説

出版日:2021年6月28日
ページ数:144ページ

2023年第168回芥川賞を受賞した佐藤厚志さんが2021年に書かれた小説です。

この小説は第34回三島由紀夫賞候補に選ばれています。

この小説は宮城県仙台市が舞台です。

子供の頃から重度のアトピー性皮膚炎に苦しめられてきた女性書店員の物語です。

東北出身の私にとっては馴染みのある場所がいくつか出てくることと、東日本大震災で被災した当時のことを思い出される本でした。

震災時のことが殺伐とした状況背景として描かれており、場所によってはこういうことがあったんだなあと思わされました。

震災時の状況が「助け合い」や「思いやり」の世界だけではないこと、人間のエゴを見せつけられることを思い知らされました。

主人公の五十嵐凛は子供の頃から重度のアトピー性皮膚炎に苦しめられてきます。

親兄弟も凛のアトピーに理解がなく、学校では同級生にいじめられたり気味悪がられたりして、凛は卑屈になっていきます。

皮膚を見られることが嫌なので、夏でも凛は長そでを着ています。

前半では書店員として働く凛の日常生活や、書店でのさまざまな出来事が淡々と書かれていきます。

執拗なクレーマー、理不尽な客の要求、「こんなにひどい客がいるんだろうか?」と思わされます。

そんな中、東日本大震災が起きます。

書店員自身も被災しており家族のこともあるのに、店内になだれ落ちた書籍やガラス、天井の一部などの処理をしていく状況は、現役書店員である作者がリアルに描いています。

店内の整備を書店員全員で行い、震災から数日後に早々と営業を再開します。

私も東日本大震災で被災しているので当時の状況は良く知っていますが、あの状況で震災から数日後に書店という「最低限の衣食住に関係しない分野のお店」が営業再開していたことに驚きました。

(小説の中だけでなく、実際に営業再開していたようです。)

当時は物流が止まっており、食料品も日用品も車のガソリンも足りない状況でした。

そんな中、「書店」というエンタメ分野のお店が営業再開してくれたことに人々はさぞかし感謝したのだろうと思いきや、この本の中では「なんで新刊本が入荷しないんだ!」と文句を言う客、きちんとお金を払わずに本を持ち帰る客の姿などが描かれていました。

震災という生死に関わる経験をしながらも、大変な状況の中で早々と営業再開してくれた書店に対して感謝するどころか、クレームや文句を言い続ける客がいることに、小説といえど衝撃を受けました。

震災直後であっても、人間のエゴはどこまでも深いんだなと思いました。

主人公の凛はその後、震災復興事業の一環として書店でのアイドルのイベントを担当します。

その時にファンが殺到し、いろいろな苦労をします。

しかし、自分があれだけイベント運営で苦労したにも関わらず、書店の同僚と一緒に参加した声優イベントでは、今度は凛自身がエゴ丸出しの行動を取ります。

自分が苦労しても逆の立場になると、そんなことは忘れてクレーマーのような行動を取るのか・・・と脱力してしまいました。

人間というのはどこまでもエゴの塊で、親切心や思いやりというのは奇跡的なことなのかもしれない。。。と思わされました。

人間の本性をまざまざと見せつけられる小説でした。

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