余命いくばくもない哲学者と彼女を支える人類学者との往復書簡の本-「急に具合が悪くなる」宮野真生子・磯野真穂

ノンフィクション

出版日:2019年9月25日
ページ数:255ページ

哲学者の宮野真生子さんと人類学者の磯野真穂さんの往復書簡です。

宮野さんは2011年に乳がんを発症し、その後全身への転移を繰り返していました。

この往復書簡が始まる頃には全身へ転移しており、主治医からは「急に具合が悪くなるかもしれません」と言われており、それが本のタイトル「急に具合が悪くなる」につながっています。

この本では、宮野さんが亡くなる2019年7月の直前まで交わされた往復書簡10往復が載っています。

お相手は人類学者の磯野真穂さん。

磯野さんは医療人類学を専門にしているため、お二人の手紙には冷静に宮野さんの病状を見つめていく冷静な視点が常にあります。

死の直前まで冷静に、淡々と書簡を交わしていくお二人の精神的な強さと深い友情に驚かされました。

一番驚いたのは、宮野さんと磯野さんが長年の友人というわけではなく、宮野さんが亡くなる約1年前にイベントで知り合った仲だということでした。

宮野さんは2011年に乳がんを発症し、磯野さんと知り合う2018年11月にはすでに全身に転移しており、あまり良い病状ではありませんでした。

宮野さんは自分の病状などについてはほとんど人に話してこなかったそうです。

ところが、磯野さんに出会った時には「この人には話せる」と思ったそうで、病状のことを話し、2019年から手紙のやりとりを始めたそうです。

最初から書籍にするつもりで始めたわけではなく、当初は本当にプライベートなやりとりで6往復終わった頃に書籍化が決まったようです。

この本全体を通して言えるのは、宮野さんの精神力の強さと磯野さんの人情味。

最初の頃の往復書簡では普通に話が進んでいくのですが、6往復目くらいから宮野さんの病状がどんどん悪くなっていきます。

まさに「急に具合が悪くなる」状態です。

ページが進むにつれてますます宮野さんの病状が悪くなっていくのに、宮野さんは「痛い」だの「苦しい」だのということが一切書かれていません。

もちろんご本人の辛さは尋常ではないと思うのですが、そのことを磯野さんにぶつけることはありません。

たった1年前に出会った2人だからよそよそしいのではなく、友情を育んだ時間の長さは関係なく、相手を思いやりながらも冷静な手紙のやりとりが進んでいきます。

宮野さんの手紙はあくまでも哲学的な思考を冷静に淡々と書いているのですが、往復書簡が進むうちに磯野さんはだんだん感情を表すようになり、宮野さんに対する深い友情や想いを書き連ねていきます。

ただ、磯野さんも医療に関わる人間であるので感情的になるわけではなく、あくまでも友人としての思いを手紙に綴っています。

お二人の書簡には今の医療や「助からない患者」に対してどのように接していけばいいのか等の率直な意見や考えがたくさん書かれています。

宮野さんは死の直前まで磯野さんに手紙を書かれていますし、宮野さんが救急で病院に運び込まれてからはお見舞いに行ったり冷静に宮野さんの病状について書かれていて、お二人が辛く悲しい気持ちを抱えながらも冷静に「死」と向き合っていることに驚かされます。

付記には宮野さんがお亡くなりになった日のことも書かれていて、磯野さんが責任を持ってこの書簡と書籍の幕引きをしてくださったのだなと感じました。

私は9年前に夫を病気で亡くしているので、この本でどんどん宮野さんの具合が悪くなっていくのを読むにつれて、とてもつらい気持ちになりました。

ただ、宮野さんと磯野さんの往復書簡が宮野さんの死で中断されるのではなく、最期まで磯野さんが宮野さんの思いを受け継ぎながら終結してくださったのは、とても良かったと思います。

宮野さんご自身が自分の死を受け止めることも、磯野さんが友人である宮野さんの死を受け止めることも並大抵のことではありません。

お二人とも、死の直前まで冷静にご自身の考えを手紙にしたためていることに、驚きを隠せない本でした。

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