「教育という名の虐待」について考えさせられる本-「母という呪縛 娘という牢獄」齊藤彩

ノンフィクション

出版日 :2022年12月16日
ページ数:288ページ

この本は2018年に実際に起きた「滋賀医科大生母親殺害事件」のドキュメンタリーです。

事件発覚当時かなり話題になりましたが、母親を殺した女子大生は母親から医学部進学(しかも地元の滋賀医科大限定)を強要され、9年間に及ぶ浪人生活を強いられました。

9年間の浪人生活、その後滋賀医科大の看護学部に合格、医大病院への就職内定も決まり卒業目前の2018年1月に母親を殺害しました。

逮捕時、彼女は31歳。

「どうしてその年齢になるまで母親から逃げなかったのか」と疑問に思っていましたが、逃げられなかった状況が赤裸々に書かれていました。

本の著者は共同通信社の記者です。

2020年12月に大阪拘置所を訪ね、母親を殺してしまった女子大生に面会を申し込みます。

7回の面会と手紙のやり取りを通じて事件の詳細と背景を調べ、出版したのがこの本です。

事件が報道された当初、「熱心な教育ママに反感を持った娘が起こした殺害事件」だろうと考えていましたが、そんな生ぬるい話ではありませんでした。

これは「教育という名の虐待」です。

高崎あかり(仮名)は滋賀県で高崎家のひとりっ子として生まれます。

小さい頃から母親の「激しい教育ママ」ぶりに翻弄されます。

テストの成績は100点が当たり前、悪くても90点を取らなければならない。

それ以下の点数を取ると、激しく叱責されたり罵倒されたりしました。

母親の教育ママぶりは単なる教育熱心とは異なり、気性の荒さや人を馬鹿にする態度の激しい人でした。

あかりが小学生の頃に両親は別居。おとなしい父親に対しても母親は罵倒を繰り返していました。

一軒家で母娘2人きりの生活になり、母親の学歴要求はますますエスカレートしていきます。

「医学部進学以外は認めない。地元の滋賀医科大以外は認めない」という強迫に近い要求が娘である明かりをどんどん追い詰めていきます。

中学高校はキリスト教系の私立学校に進学しますが、成績が悪いと熱湯をかけられたり、鉄パイプで殴られたりするようになります。

「事実上母子家庭なのに、学費が高い私学に通っていたというのは父親が高給取りだからなのか?」と思っていたのですが、実際は母方の祖母(アメリカ在住)がかなりの資産家で、彼女が学費やさまざまなお金を出していました。

そのため、私学に通ったり塾や大量の参考書代、度重なる受験料なども工面できていました。

また、「そんな厳しい環境から逃げ出そうと思わなかったのか?中高生くらいになれば逃げられただろうに」と思っていましたが、これも事情があります。

あかりは何度も家出を試みていますが、そのたびに母親が探偵を雇い居場所を突き止めたり、LINEで激しい叱責があったり、自宅に戻ると激しい折檻があったりしました。

この状態が長年続いたため、あかりは「何をやっても逃げられない」という心境に追い詰められていきます。これが「家出をして母親から完全に逃げる」ことができなくなった理由です。

実際の母と娘のラインのやりとりが載っているのですが、本当にひどいです。

脅迫、叱責、慟哭、あらゆる憎しみが凝縮されたLINEが母親から娘に送られていました。

親から子へのあんなにひどいLINEメッセージを読んだのは初めてです。

9浪の末、母親を説得し、あかりは滋賀医科大看護学部に進学します。

大学3年になった頃からまた母親の「学歴要求」がエスカレートします。

卒業後就職することを許さず、「単なる看護師」になるのではなく助産師の資格を取ることを要求してきます。

就職を妨害し、助産師学校に進学することを要求してきます。

大学進学の時よりもますますエスカレートする要求と虐待。

ついにあかりは心が折れてしまい、母親を殺害しようと計画し、実際に殺害してしまいます。

ここまでの経緯がこと細かく書かれているのですが、読んでるだけで本当に胸が苦しくなります。

母親の異常性を薄々気づいていた人は周りにいたのだと思いますが、誰もあかりが殺人を犯すことを止められなかったし、それ以前にあかりを救い出してあげることができなかったことに絶望感を覚えました。

逮捕後、別居していた父親が全面的に支援してくれたり、高校の恩師が証言に立ってくれたり、いろいろな人があかりを支えてくれているのが救いだなと思いました。

母親が生きていればもっとひどいことになった可能性が高く、殺人は確かに悪いことではあるけれど、この母親を擁護することはできないなと思いました。

教育熱心と虐待の境界はどこなのか、子を思う気持ちは尊いが、教育という名の虐待は許されるべきではないと思いました。

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