アジアの絶滅寸前言語とフィールド言語学について分かる本-「ムラブリ」伊藤雄馬

言語

出版日:2023年2月24日
ページ数:256ページ

まだまだ世の中には知らないことがたくさんあるなあと、つくづく思わされる本でした。

南米のアマゾンに住む少数民族はいろいろなテレビ番組で紹介されていることもあり、知ってる人も多いと思います。

東南アジアの少数民族も、素敵なアクセサリーや色鮮やかなバッグなどを工芸品として売っていたり、素敵なダンスを踊ったりする民族は有名です。

でも、そういう特徴的な工芸品や民俗芸能を持たない少数民族がいることを、この本で知ることができます。

タイ・ラオス山岳地域の森にすむ「ムラブリ」という少数民族とその民族が話す言語について詳しく調査研究された本です。

著者は約15年に渡りムラブリ語を研究している世界唯一のムラブリ語研究者です。

ムラブリのムラは「森」、ブリは「人」を意味し、ムラブリは「森の人」という意味だそうです。

わずか500名程度の集団と推測されており、彼らの言語であるムラブリ語は文字を持たず、歌うような話し方をするのだそうです。

著者がムラブリ語を研究するきっかけになったのは、なんと、テレビ番組。

テレビ番組でたまたまムラブリが紹介されていて、その歌うような話し方に魅了されたのだそうです。

YouTubeでムラブリが話している映像を見ることができるのですが、確かに歌うような話し方、なんとも美しい響きで、最初は歌っているのか話しているのか判別もつきません。

ムラブリは狩猟採集民族で、もともとは森の中を移動して暮らす民族でした。

近年は森の中に簡易な住居を作り、定住するスタイルになっているようですが、その生活は質素です。

しかし、この本を読んでいて思ったのは南米アマゾンに住む少数民族も都市部の市場経済が入り込んでいて、どんどんインスタントラーメンや携帯電話などの現代的なものが生活の中に入り込んでいるのと同じ状況が、ムラブリでも見られることでした。

現代的な物と全く関わらずに生活するのは、現代の少数民族にとって不可能なことなんだろうなと思いました。

ただ、南米の少数民族が携帯電話やインスタント食、テレビなどをどんどん欲しがっていくのに対して、ムラブリは一定のラインを超えないように自制しているように感じました。

この本では言語学の調査を行う上での調査法やさまざまな専門用語も出てきますが、「言語学者というのは、こういう細かい視点から調査研究しているのか」ということが良く分かります。

「言語学とはなんぞや?」という部分がムラブリ語の研究を通してだんだんわかってくるのもとても面白い部分です。

ムラブリ語は文字を持たない言語なのですが、文字を持たないというのはその民族の歴史も残っていないし、なによりその言語を学ぼうとする時にとても手間がかかるということがよく分かりました。

人が言語を学ぶときには、多かれ少なかれ文字からの視覚情報に頼っているのだなとよく分かりました。

著者はムラブリが住む村に通い続けて、ムラブリたちから直接、耳から聞くだけでムラブリ語を覚えていきます。

著者の目標はムラブリ語の文法書を作ることなのですが、文字を持たない言語について文法書を作るというのはとてつもなく大変なことだとこの本を読んで思いました。

また、ムラブリは「暦」を持たないため、時制の概念がほとんどありません。

時制の概念がないということは、「今」の話はできるけど、「明日明後日」の約束や「昨日一昨日」の過去の話もごちゃごちゃになってしまうということです。

目の前で話していることが過去のことなのか現在のことなのかがあやふやだし、明日の約束や予定を立てることもできない。

暦と言語はあまり関係がないのかと思っていたのですが、暦がないというのは言語の時制につながり、思っているよりも大変なことなのだなと初めて知りました。

常日頃、何気なく使っている日本語が実は複雑な構造であることを改めて知りました。

ムラブリが話すムラブリ語は、少数民族が口語だけで使う言語なので、どんどん変化していくし、文字がないことでムラブリ語を話す人がいなくなれば、あっという間に消えてしまいます。

文字がないということはひとつの言語が消えてしまうリスクが非常に高いのだということを、ムラブリ語を通して理解することができました。

少数民族を「言語」という側面から知っていくのに非常に興味深い本で、自分たちが使っている日本語を考える上でも重要なことだなと思いました。

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