ラテンアメリカの歴史と現実を知ることができる小説-「テスカトリポカ」佐藤究

小説

出版日:2021年2月19日

ページ数:560ページ

「ラテンアメリカ」と聞くと、人々は明るくて開放的で楽しく暮らしているようなイメージがあります。

経済状況があまり良くないことや、麻薬カルテルの犯罪がはびこっていることはニュースなどでたまに聞くけれど、あまりピンと来ないと思います。

私もラテンアメリカといえば、アステカやインカ文明など素晴らしい遺跡のことしか思い浮かびませんでした。

この本のタイトルである「テスカトリポカ」は、メキシコの古代都市アステカで信仰されていた神々のひとりの名前です。

古代から現代に続く壮大な物語でした。

この小説は日本に働きに来たメキシコ人女性の人生から始まります。

最初はこの女性はストーリーに全く関係ないのかと思いきや、読み進むうちに彼女の息子がこのストーリーのキーパーソンになっていき、「そう来たか!!!」と驚きの展開になっていきます。

この小説はメキシコ、インドネシア、日本にまたがる臓器売買の闇ビジネスをテーマにした話です。

とても壮大なストーリー展開なのですが、実際にこういう闇ビジネスは日本国内で行われているだろうなあと思わせる話でした。

メキシコの麻薬カルテルの上層部だったカサソラはカルテル同士の闘争に敗れ、メキシコからインドネシアの逃れます。

そのインドネシアで日本人の闇医者で臓器ブローカーである末永と出会います。

インドネシアで日本人の腎臓売買に携わっていたブローカーの末永は、実は優秀な心臓外科医だったのですが、日本でひき逃げ事件を起こし、医師免許はく奪されるのを恐れてインドネシアに逃亡。

臓器売買ブローカーになったという経緯があります。

もともと心臓外科医だった末永はブローカーでいることに不満を持っていて、その後出会ったメキシコの麻薬カルテルのカサソラに心臓に特化した臓器売買ビジネスを持ち掛けます。

日本で闇医者をやっている野村や日本のヤクザ、東南アジアや中国の麻薬組織や犯罪組織を巻き込んで、心臓に特化した臓器売買ビジネスを展開していきます。

心臓売買に関しては、日本で無戸籍の10歳以下の子供を集めて、その子供の心臓を売買し、その他にも犯罪組織同士の闘争で殺された死体の臓器を売買し、ビジネスとして確立させていきます。

無戸籍の子供を集めて心臓を売るなんてできないだろと思うのですが、NPO法人を隠れ蓑にして子供を集め、里親のもとに送るという名目でその施設から連れ出し心臓を売るという、非常によくできたシステムが構築されていました。

メキシコの麻薬カルテル上層部だったカサソラも心臓売買ビジネスのために日本に潜伏し、南米システムの武力集団を作っていきます。

小説ですが、非常に緻密にストーリー構成がされていて、おそらくかなり闇ビジネスに関して調べ上げたと思われる描写が多く、こういう犯罪は実際に行われているだろうなと思いました。

最初に出てきた日本に働きに来ていたメキシコ女性は、メキシコ国内の麻薬カルテルの闘争や暴力から逃れるために日本にやってきたのに、彼女自身は日本で覚せい剤に溺れ、ヤクザである夫と共に息子に殺されてしまいます。

彼女の息子であったコシモは幼い時から両親の育児放棄に遭い、13歳の時に両親を殺してしまいます。

暴力やひどい環境で育ったコシモは何年も少年院で過ごすのですが、その際に親身になってくれる法務教官などにも出会うのですが、最終的には日本に潜伏しているカサソラに見いだされ、殺人の道に進んでいきます。

この本を読んでいると、どの登場人物もどこかで引き返せたり、どこかで手を差し伸べてくれる人に出会っているのに、なぜか悪の道に進んでしまい、どこにも救いを見出すことができない状況になっていきます。

暴力や犯罪の世界に身を置いてしまうと、それが負の連鎖になり、なかなか抜け出せない状況がリアルに書かれています。

最後は闇医者の野村も末永も殺され、麻薬カルテル上層部のカサソラも殺され、コシモのみが生き残るのですが、彼がその後どうなっていくのか、純粋すぎて無知すぎて悪の道に引きずり込まれてしまった彼が幸せになれるのか、なんとも心残りなエンディングでした。

この小説は臓器売買闇ビジネスや麻薬カルテルの闘争がメインになっていますが、そこに最初から最後までアステカの神々や祭祀が絡んできて、なんとも不思議な、気味の悪い雰囲気をずっと漂わせています。

臓器売買闇ビジネスは実際にあるだろうなと思わせられますし、そこに謎の多いアステカの神々への信仰も絡んできて、本当に壮大なストーリーでした。

ずーっと殺人だの臓器売買だの暴力だの、救いようがない状況が続くのですが、非常に興味深く面白い小説でした。

麻薬カルテルやアステカの神々は日本ではそれほどなじみがありませんが、こういう世界が世の中には存在しているということを知るのに最適な小説でした。

ちなみに南米の麻薬カルテルは遠い世界の話ではなく、メキシコ産のアボカドや農作物にもカルテルが絡んでいることが多く、日本にとっても全く関係がない話ではないことを添えておきます。

500ページを超える大作ですがあっという間に読むことができる面白い小説でした。

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